まなみのりさが辿り着いた場所

僕が広島入りしたのはフェニックスホールでのワンマンライブが行われる前日の12月23日。
これといった予定もなく、広島の街をブラついているとこんなポスターを見かけた。

その夜、僕はこんなツイートをしてた。

「フェニックスホールの翌日に仕事?」と思ったけど、「それだけ、まみりが広島に根付いてるってことか」とも思った。
離れていると、そういう日々の事まで見えないけれど。
「なんで、広島までまみりを見に来たの?」っていう答えを見つけた気もした。
#ひろしまみり
#まなみのりさのいる日常

この時は少し大げさに「まなみのりさのいる日常」なんて書いていたけど、フェニックスホールでみた光景は「まなみのりさのいる日常」そのものだったように思う。

数えきれないくらいの協賛企業の方々がライブに招待され、その商品やパンフレットがお土産として全てのシートに置かれていた。
さとやま未来博の活動で知り合った仲間たちがコーラス隊として参加してくれていた。
アクターズスクール広島の後輩たちもオープニングアクトやバックダンサーなどでライブを盛り上げてくれてた。
…などなど。

まなみのりさの3人が、この日のために挑戦し続けてきたことの結果がそこには現れていた。

「最初はフェニックスホールでライブをすることが目的だったけど、今まで”出来なかったこと”、”後悔してきたこと”、気づけなかったこと”。それを取り戻して、2本の足でしっかりと立てるようになるために広島に帰ったきたことに気付いた」と、まなみちゃん。

「ライブのビラ配りを始めた頃にも知ってくれている人はいたけど、昨日は「ライブを見たよ」とか「テレビで見たよ」とか「ポスター貼ってあったの見たよ」とか、沢山の声を掛けてもらえた。ただただガムシャラにやってきたことが、ちゃんと届いてたことを実感した」と、りさちゃん。

「7年間育ててもらったグループなのに、4年前に何にも言わずに東京に出て行ってしまった自分勝手な私たちなのに、それでも広島には「頑張れ!」って応援してくれる人が沢山いる。私たちはもっと広島を大切にしなきゃいけないって思った」と、みのりちゃん。

もしかしたら、彼女たち自身も「フェニックスホールを埋めたら、その勢いのまま東京へ!」と思っていたかもしれない。
だけど、3か月間の挑戦の結果、彼女たちに芽生えたのは「ここ”広島”から」はじめようという思いだったのかな?と思う。

だからこそ、今後の目標を「広島と東京、2つの拠点で活動をすること」「広島と東京の架け橋になること」とハッキリと掲げることができたのではないかな?と。

広島と東京を行き来するだけでも大変かもしれない。
客層が違えばライブに求められるものも違うかもしれない。
この数か月以上の挑戦が待っているかもしれない。

僕には彼女たちを応援することしかできないけれど、広島で育てた「絆」をより大きく育てて、東京まで繋げてくれるのを楽しみにしている。

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■まなみのりさワンマンライブ「もう一度、ここから」
■2017年12月24日(日)
■広島国際会議場 フェニックスホール

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